ラタトゥイユ(短編小説)
ベッドで横になっていると、ああ、天井を一枚の絵のように空想してしまう。
絵には彼女の姿が描かれている。僕はそのとき絵の中ででことことラタトゥイユを煮込んでいた。
「火加減はどう?」
「完璧」
「ははは」
彼女の姿はそう言った。僕は勝手に鍋を火にかけ、二人で勝手に夕食をいただいた。
僕は彼女を見つめる。頭の中で何回この子に「she」という言葉を投げかけただろうか。僕たちは素敵な女の子に「彼女」とか「she」としか言えない。なんて貧しいことだろう。自分でもっとふさわしい言葉を作り出せばいいのに。
僕は彼女を見つめる。この逆さまのラタトゥイユを作った彼女を見つめる。僕はこの子に逆らえない。逆らえないという、しわになったシーツのような堕落した幸せが僕にいつまでも惰性を強いる。彼女が寂しさを感じるときに僕は虚しさを感じる。彼女が人肌を想う時に僕はタバコを吸う。彼女が知らない男と寝た話を僕に喋る時、僕はどうしようもなくなる。
そういう時僕は日々という列車の中で、果たして今乗っているのは急行なのか鈍行なのか、はたまた遅延しているのか分からなくなる。
僕は寝返りをうつ。
そんな絵画は無い。だからラタトゥイユもひっくり返ったりしない。ラタトゥイユなんて空想上の食べ物なんていらない。分からないものを僕にくれるな、ラタトゥイユよ。
やがて僕は自死を迎えた。死因は凍死で社会性が無かったから凍えてしまった。