頼むから自由にしてくれないか?

創作、ブンゲイファイトクラブ、六枚道場について綴る文芸にんげん。あとたまにラーメンと仮想通貨。ラーメンライター。

異世界住人短編集

狩りが終わり、獲物を持ってギルドで精算しに行く。
この時期のヤマミヤガシの肉は少し高く売れる。冬に向けて餌を溜め込み始めるからだ。

アーシュの街にギルドはある。大体街の中心辺り。回りには冒険者用のお店が立ち並んでる。武器屋、防具屋、薬屋、酒場。おおよそ冒険者に必要なものは、必要そうな店は何でもある。この街はお店出すのにあまりお金がかからない。その代わり繁盛し始めたら税を納めてね、というスタンスだ。初期投資を気にしなくていいというのは魅力的で日夜お店が栄枯盛衰を迎えている。

冒険者ギルドは公的な機関だ。建物は立派で、職員も身なりがきっちりしている。そのため素性に難がある人間は近付きづらい。後ろぐらい過去をもつ人間は掃除人(スイーパー)ギルドなるものに集まるらしい僕はまっとうな冒険者だからよく分からないけど。

ギルドのしっかりした扉を開ける。
「ヤマミヤガシ肉の輸送受け持っちゃくれないか?」
「ヒーラー誰かいませんか!急募です!」
「レンバルシア山脈の霊水採取、誰か一緒に行ってけくれねえかな?」
「魔力増幅装置の設置、今なら未経験でも歓迎です!」
「ドラゴン退治!ドラゴン退治だ!冒険者の華だよ!」
「ラルメア祭の警備任務があります。30人募集です」
リザードマンの村で魚の養殖手伝えるやつおらんかー」

賑やかな喧騒が僕の側を駆け抜けて行く。様々な人種、種族がごったにギルド内を走り回ったり、大声を上げている。まさに可能性と多様性のるつぼ、サラダボウルとはこのことだ。
扉がばたんと音をたてる。一瞬僕に人目が集まるがそれも一瞬。喧騒は元に戻って行く。思わず苦笑いをしてしまう。僕は自分の首からぶら下がる等級プレートを見やる。色は大白(ビッグホワイト)。下から数えた方が早い。これがディープブルーは無理にしろ、ライトレッドくらいになると喧騒が止まり、人々の囁き声が始まるのだ。本当の冒険者(トゥルー)のおでましだ、と。

「そんな風に言われてみたいもんだ」
「クローシュさんは頑張ってますよ?」
僕はヤマミヤガシの肉をどんと精算カウンターにおき、ひとりごちる。人並みに名声に対する欲もあるが、この職業は欲深いやつから死んでいく。無理はできない。
「大黄(ビッグホワイト)までが偽物の冒険者(フォルス)だなんて酷いと思わないか?」
「そのフォルスというかビッグホワイトになれる人が3割もいないんですけどねー」

フォルスっていう言い方が浸透しすぎてるんですよねー、と受付嬢は言う。僕は大体この人に受付してもらっている。真面目でこういう他愛もない話にも付き合ってくれる。あと少し好みだ。アッシュブロンドの髪と垂れ目。いつも笑っていて、へらへらしていると陰口叩かれているらしいけどそれはナンセンスだ。彼女の首下から耳には、跨ぐようにタトゥーがある。炎の形を取っている。普段は髪で隠れて見えないが、髪をかけあげた時などに見えることがある。彼女もそれを隠そうとしていない。聞こうと思っているが、まだ聞けていない。そんかおっとりした性格とのギャップがいいのだ。名前知らないけど。

「そんなもんかな」
「そうですよー。ビッグホワイトさんたちの総数が街の質を左右している、っていうデータもあるんですよ? 資料持ってきましょうか?」

遠慮しておくよ、と僕は断るが内心彼女の優しさに染み入っている。こうして慰めの言葉もかけてくれる。荒んだ冒険者稼業のささやかな癒しだ。

僕の冒険者としての等級は下から数えた方が早い。一番下はリトルブラック。一番上は事実上ディープブルー。一応そのさらに上にディープパープルがある。でもそれは伝説上のもので、存在はしない。形式的にあるだけで、これくらいまで頑張っていう象徴だ。一般的にビッグイエロウまでのフォルス組はビッグとリトル、それ以上レッドから上のトゥルー組はディープとライトで呼称されている。
そして僕はフォルス脱出の二歩手前のビッグホワイトだ。下から数えた方が早い。といっても侮られたりはしない。受付嬢が言っていた通り、冒険者はすぐ死ぬ。ビッグホワイトになるのだって一苦労だからだ。ビッグホワイトにもなれば、小さな街なら食うに困らず、村なら英雄だ。もちろん油断はできないが。ここまで来るのにだいぶ時間がかかってしまったが、それなりに満足している。向上心はあるが、もうこれくらいでいいかな、とは思ってしまっている。

「それじゃ査定結果です、クローシュさん」
にこり、と受付嬢は微笑む。僕は心に一陣の爽やかな風を感じながら報酬と査定を受けとる。ヤマミヤガシ狩猟クエストはそこそこ割りのいい仕事だ。期間限定というのもある。下位の冒険者はこういう仕事には目もくれず、オークやらオーガやらガブラン討伐クエストに猛進して消えて行く。まあ僕も重要性に気付いたのは手痛い失敗をした後だが。

報酬は銅貨にして5枚。これだと商売あがったりだ。冒険者の1日の経費は銅貨7枚と言われている。食事、武器防具の手入れ、宿代などを会わせてこれだ。だからこのクエストは赤字確定なのだ。こんなものは下位冒険者は絶対に受けない。彼らは1日の損失をマイナスにしていくことが怖いのだ。それは当たり前の感覚なのだが。しかしこのクエストの妙味は査定にある。

ヤマミヤガシの肉は旬以外でもそこそこだが、しを迎えると途端に美味しくなる。価値が上がるのだ。旬のヤマミヤガシは気性が荒い上に、見付けづらい。しかし、その肉は査定すると少なくとも銀貨2枚にはなる。そして僕の今回の査定額は…。

「銀貨5枚ですねー。お疲れ様です」
「ありがとう」

じゃらり、と手渡される銀貨をうらめしげにフォルスの連中が見る。中でもブラックの奴等なんかは目が点になっている。そりゃそうだ。銀貨5枚なんて、討伐クエストをこなさないと稼げない。でも世の中にはこういうことがある。

知っていることと知らないこと。その差は大きく、残酷だ。新人(ニュービー)たちには頑張ってほしい。

「いつも手早く査定してくれてありがとうね」
「いえいえ。クローシュさんは需要をよく分かってらっしゃいますし、ギルドとこの街にとって有益ですー。このくらい問題ありません」
「嬉しいなあ。受付嬢さんも、僕たちにとってとても有益な人物だよ」と僕は本心から言う。

「あっ、レンシャルです」
「あっ、となんだって?」
「名前です。私の」

レンシャルと名乗った彼女は一番可愛く見えた。かけあげた髪から炎のタトゥーがくっきりと見える。

「そうか。教えてくれてありがとう」
「いえいえ、今度ご用のときはレンシャルに用だって言って下さいー」

僕は心の中で、何度も喜びを噛み締めた。
受付嬢はあまり名前を教えてくれないのだ。粗雑な冒険者が不当に評価されたなど難癖をつけて受付嬢を襲ったことが過去に何度かあったのだ。今でもたまにある。なので防犯対策のために受付嬢の名前はある程度認められないと教えられないことになっている。それはギルドにも認められた証でもある。それも嬉しいけど、何より彼女の名前を知れたことが一番の喜びだ。

「それでは今度のクエストなんですけどー」
彼女は僕の心の隙を見通したかのように次のクエストを持ちかけてくる。
こういう抜け目なさも彼女は持ち合わせている。受付嬢は冒険者にどれだけ仕事させたかで評価される。だからおだてるのがうまい。レンシャルももちろん同じだ。だからといって僕は失望したり幻滅したりはしない。

「任せてくれよ、レンシャル」
「頼もしいですねー、ではオーガの討伐でも…」
「それはちょっと…」
命が二つ無いと無理だな、と笑う。僕はオーガと戦うシミュレーションを何回かしているが、一人なら必ず負ける。二回殺される。今の僕ではどうしても乗り越えられない場面があるのだ。逆にそれを乗り越えれば可能性はあり、念願のイエロウに行けるかもしれないが、まだ目処はたっていない。

「冗談ですよ。クローシュさんにはまだまだ活躍してもらわないと」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「ではまた」
「また数日後に来るよ」
よろしく、レンシャル。僕がそういうと「はいー」にへっと彼女は微笑む。あの酔ったような笑いかたが彼女の素顔なのだろう。

なんとなく後ろ髪を引かれる思いで、ギルドを後にする。今日は豪華に飲もうかな。引きこもってばかりのヤルネイのやつでも誘おう。