頼むから自由にしてくれないか?

創作、ブンゲイファイトクラブ、六枚道場について綴る文芸にんげん。あとたまにラーメンと仮想通貨。ラーメンライター。

人の形をした群青(短編小説)

「最初に書かれた小説はきっと、死体の中にガトーショコラを見出したのだろう。二者択一の状況で、自分の後悔と救いの感情に突き動かされ、大切なものあるいはそうではないものに、大事な何かを比喩したのだろう」
 僕は小説を読んでいた。ベトナムコーヒーを飲んでいる。スタバが潰れた前にオープンした、たくましいコーヒー屋。
「お待たせしました」
 と後輩がやってくる。彼女は仕事終わりで、このまま家にターンするところ。
「おーおー、そんなに待っていない」
 僕はその本を閉じる。
「なんか先輩、すごく青いですね」
 後輩はそう言う。確かに、と僕は思う。僕は今日真っ青だ。
「群青色だよ」
「群青色ってなんですか」
「群青色とは……」僕は祭りの奏に耳をやる。今日は、この場所は、祭りの真っ只中。僕の故郷は光の喧騒に包まれている。車の代わりに山車が通ってる。「青より黒っぽいかな」
そうなんですか、と後輩は言う。後輩はもうじゃがバタ食べてる。
 僕はというと自分がガトーショコラなんじゃないかと思うようになっていた。ガトーショコラの手足は思うように動かない。いつもお皿の上で、重苦しい雰囲気を甘さで表現している。
「私、和重先輩といい雰囲気になったんです」
 後輩と今らーめん屋に来ている。彼女は麺を啜り、楽しげに言う。店内は照明が軽やかに明るく、ジャズが流れている。鶏油が香って食欲をそそる。
「よかったじゃん。好きだったんでしょ?」
「はい」
 僕がそう言うと後輩は実に嬉しそうに叉焼を頬張った。僕は細かく切られたネギを口内でシャキシャキさせている。ガトーショコラを食べる雰囲気じゃない。だから僕はマンゴープリンを食べた。
 僕たちは店を出て、祭りの終わりに向かう。祭りの終わりにはソーセジ屋さんがある。僕はそこで辛いジンジャエールを飲み、後輩はシードルを飲み、ソーセジを食べた。
「先輩は最近どうなんですか」
「俺?」と僕は言う。「まあ、普通だよ」
「人間関係とかどうなんです?」
「人間関係?」と僕は笑う。「まあ、普通だよ」
 そうですか、と後輩は笑い、シードルを飲み干した。
 僕らが帰る頃、山車は人々を引き連れ、道の上で停止していた。山車もキャパシティを越えたようだ。僕は群青色の服をさする。今ならガトーショコラ屋さんに入れるかもしれない。ここにはいろんな屋台がある。ガトーショコラ屋さんもたぶんある。あの黒くて、甘くて、自分で動くことのできない、愛着のある甘さ。
「そこの青い人!」
 と警官に呼び止められる。
「道の上でたちどまらないでね」
 警官は笑顔で僕に注意をし、僕はその場からそそくさと離れた。
「やっぱり青い人ってみられるんですねぇ」
 と後輩は納得した様子で言った。それで、何かずっと喋っている。
 僕はというと青い人と呼ばれたことに納得できないでいた。僕は青くない。群青だから。黒くも青くも無い、愛着のある色。
 僕が昔見たガトーショコラはとても黒かった。それはその周りを遮断するかのような、青色の皿に載せられていた。その菓子はもう無い。誰にも理解されないまま消えた。僕は彼の消失に敬意を表し、無数の問いを捧げる。祭りの奏はまだ終わらない。喧騒は光り輝き、僕はそれを何かに比喩しようとして、できなかった。

棄て去れ汝の血と涙、と面接官は言った

風が吹き始めた午後。
僕は面接に行く。今日は製造業界で老舗のメーカーだ。職種は製造オペレーターで、言い訳を弾丸に詰める仕事だ。そんなにやりたくない仕事だけど、待遇面は抜群。
僕は頭の中で繰り返す。
「志望動機は二つあります。転職理由は前職で紙に嫌われたからです。入社後は言い訳を弾丸に詰めつつ語学の勉強をし、グローバルな人材になりたいです。ゆくゆくはマネジメント職を経て、御社の製品『弁明バレットシリーズ』の企画開発に携わっていきたいです」
僕は暗唱を終える。電車が揺れている。窓の外を見るとスーツ達が飛んでいた。彼らスーツにもいろいろ種類がいるが、この時期によく飛ぶのはリクルートスーツだ。彼らは一子乱れなく空を架ける。どんな悪天候でも空を飛ぶ。そうしなければ生きていけないと分かっているからだ。
面接地に着く。僕はネクタイをキュッと締め、身だしなみを確認する。ホールにある電話を取り、内線をかけた。
「お世話になっております。本日15時から面接予定のトラキオストミーです」
「お待ちしておりました」
中性的な声の主が僕を出迎える。そのまま真っ直ぐ歩いて突き当たりの部屋までお越し下さい、と案内される。
ノックして部屋に入る。中には中肉中背のキリンがいた。
「本日はお越し頂き誠にありがとうございます。わたくし、人材開発戦略課課長、中里茂と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。トラキオストミーと申します。本日はご多忙の中、面接のお時間を頂きありがとうございます」
僕たちは互いに心のこもった礼をし、着席する。
「さて、早速ですがトラキオストミーさん」
「はい」
「弾丸製作の最中に死んでも大丈夫ですか?」

まただめだった。死んでも大丈夫です、と言ったけどもあの中里という人は僕の迷いを見抜いたのだろう。そのあとは、御社への想いとか、入社後のプランとかも尋ねられることなく、終始和やかな雰囲気の中、僕の30回目の面接は失敗に終わった。
仕方ないと僕は気持ちを切り替える。そういうこともあるさ、と。同時に悔しさが込み上げる。あの時即答できていれば違ったのではと。老舗のメーカーだけあって福利厚生や休日は充実していた。惜しいことをした。

僕は家に帰り、アイノミとセックスする。アイノミと同棲するようになったのは最近のことで、僕たちにとって悲願のことだった。長年遠距離で過ごさざるを得なかった状況は苦しかったが、僕たちにとってプラスに働いた面もある。
僕はアイノミと深くセックスし、落ち着いた。そしてご飯を食べ、ねむる。

次の日、美しい日。
今日も就活をする。今日は職種がネットワークエンジニアで仕事内容は希望観測の保守運用だ。指定されたエリアの希望を観測するシステムを扱う。はっきり言って興味は持てなかったけど、手に職付けるという意味では悪くない。僕は再び暗唱する。

「希望を観測するという公共性の高い事業を展開されている御社で、自分の価値を高め、御社に貢献して参りたいです」
「なるほど」
面接官はしきり頷いてくれた。僕はとてもリラックスできている。いつもよりよく喋れている。
「希望観測中に死んでも大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
なるほど、なるほど。と面接官は僕に満足気に微笑んだ。僕も微笑み返す。
「面接は以上となります。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
僕は手応えを感じ、面接地を後にする。僕は帰りにフライドチキンを食べ、アイノミのためにお握りクレープを買った。

家に帰りアイノミにお握りクレープを渡す。その後セックスをする。注意深く弾丸を込めるように触れあう。僕は果てた後、スマホを弄っていると先程の会社から、不採用の手紙が届いた。僕はその手紙をじっと眺めたあと、アイノミには分からないように捨てる。

次の日は新世界。
僕はうきうきしていた。大企業から僕宛に「あなたをスカウトしたい」という連絡が来たからだ。職種は施工管理で仕事内容はプロポーズの言葉の建設だ。自分に向いているとは思わないけど、あの大企業から直接のスカウトだ。これは期待してしまう。
面接会場は(会場なんて初めてだ!)品川にあるホテルのホールだった。なんて潤沢な資金力だろう。僕は磨きあげられたマホガニーの机に座る。すると、なんとウェイターが食前酒を持ってきてくれて、そのあと寿司まで出た。僕はこの会社様の手厚い持て成しに深く感動し、絶対に 入社しようと心に決めた。
そして面接に挑む。
面接は合同でやるとのことで、僕たちはホールに案内され、暫し待たされた。すると、壇上に一人の若い社員が現れた。その社員はイキイキとしており、肌艶もよかった。なにより、このような重大なことを若い社員に任せてくれるこの会社様にますます惚れ込んだ。
「本日はお集まり頂きありがとうございます」
僕はごくりと唾を飲む。
「先程、こちらでお出しした寿司を全て召し上がった方は、このままお引き取り下さい」
僕は回りを見渡した。
誰も去ろうとしない。そりゃそうだ。
「転職者No.1460トラキオストミーさん、帰って結構です。お疲れ様でした」
僕は足早に会場を後にした。

僕は気持ちを切り替える。今日はまだ面接がある。ゲーム会社だ。ダメ元で書類を送ったところ、通ってしまった。僕は実際のところ、ゲームが作りたいなと思っていた。前職も、もしかしたらゲームを作りたくて止めたのかもしれない。いや、きっとそうだ。そういう方向性でいこう。
僕は面接地に着く。あらゆる事態を想定して、今までの経験を総動員して面接に備える。今日の会社は大手ではないが、社風がとてもに僕にあっているように感じた。みんな楽しく和気藹々としていて、一つのことを目指している。僕もそんな人達の一員となって、ゲーム開発に携わりたい。そしてゲームプランナーになって、ゆくゆくはシナリオ製作をしたい。そんな想いだ。しかも独学で少しプログラミングができればとってくれるし、入社後の研修も充実している。気持ちは乗っている。やれるぞ。
会社に着いて、内線をかける。お待ちしておりました、と代表の方が僕を応接室に案内してくれた。
「はじめまして、黒川と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。トラキオストミーと申します」
「トラキオストミーさんは大学では何を学ばれていましたか?」
「大学では外国の文化について学んでいました」
「その後、就活の方はされましたか?」
「いいえ、やりたいことが見つからなかったのでしませんでした」
「しなかったんだ」
ふっと黒川さんは笑う。
「前職のご職業は半年ほどでお辞めになられていますがなぜですか?」
「はい、ゲームを作りたいと思い立ち、転職を決意しました」
「なるほど。何かゲームについて独学で勉強されていますか?」
「はい、Gavaのプログラミングをしています」
「クラスとメソッドの違いは?」
「分かりません」
サーブレットJSPの違いは?」
「分かりません」
「配列ってなに?」
「分かりません」
そこまで言うと黒川さんはため息をついた。
「君は自分の経歴見てどう思う?」
「綺麗ではないと思います」
「そうだね。前職では入社して半年で辞めてるもんね」
「その点については大変反省しておりますが、気持ちを新たに御社で頑張っていきたいと思っています」
「君は努力したことがありますか?」
黒川さんは唐突にそう言った。
「ゲーム開発がしたいと思って会社を辞めたのに、Gavaのこと全然分かっていないじゃない。辞めてから時間あったよね。何を勉強していたのかな。はっきり言ってさっきの質問が分からないなんて、お話にならない。君の話は矛盾しているよ」
「……」
僕には何が矛盾しているのか分からなかった。
「君は何で半年で仕事を辞めたの?」
「ゲーム開発がしたいと…」
「まだ言うんだ」
黒川さんは真顔になる。
「努力もしない。責任感もない。平気で嘘を吐く。そんな人がゲーム作れると思う? むしろそんな人を平気で傷つけられそうな人の作ったゲームなんてプレイしたいかな?」
僕にはなんでそこで、人を傷付ける話になるのか分からなかった。文脈が読み取れなかった。会話の中に、正解が潜んでいたのかもしれないが、僕には分からなかった。
「人を傷付けたことのない人なんていないと思います」
「そういうことじゃなくてね」
黒川さんは髪をかきあげる。
「正直言って、君のような人間はいらないんだよ。前職もゲーム作りたいって言って中途半端にほっぽりだした餓鬼なんていらねえんだよ。俺たちは命削ってゲームつくってんだ。そんな中途半端な気持ちでゲームに携わって欲しくないんだよ。君の人格はクリエイターに向いてないない。君のような人にゲームと関わって欲しくない。君にできるのは消費することだけだ。良き消費者でいてくれ」
僕は黒川さんの顔が遠くなるのを感じる。
「それで今一度言うけど、なんで前職辞めたの?」
それは…、と僕は口ごもる。黒川さんは僕が喋るのをじっと待つ。
「それは…仕事中に死ねるか?と言われたからです」
「なるほど」
黒川さんは笑顔になった。
「当たり前のことだね。みんな仕事中に死んで、それで初めて一人前になるからね。それで君はそこから逃げたわけだ」
「はい」
「逃げたわけだ。そして君はそれをずっと認められない、子どものままなんだね」
「はい」
「君は仮にうちに入社してもゲーム開発には触れさせません」
「それはスキルを磨いてでもですか?」
「スキルを磨けば、なんとかなると思っている人間にゲームに触って欲しくないってことだよ」
黒川さんは笑顔だった。笑顔で不採用ですと言った。

僕は家に帰る。アイノミとご飯を食べた。
そして僕たちは肌を重ね合わせる。何度も。
アイノミはいつも僕のそばにいる。なんでだろう、と考えたことはなかった。僕が素晴らしい人間だからだと思っていた。でも僕は人格を否定され、職にも就けない。なのになんでアイノミは僕のそばにいるんだろう。
アイノミは自分のやりたい仕事をしている、僕とは違う。なのに何で。
アイノミは僕にハンカチを差し出した。

開脚前転七日目(短編小説)

 別にいつも開脚前転している訳じゃない。 多くて日に十回。少ないと一回もない。というところだ。 ユーザは九割がはりねずみでら残りの一割は名乗らないので何者か分からない。でも、おそらくはりねずみだろう。彼らはとてもシャイなので、名乗るのが苦手なようだ。はりねずみ的見た目をしていても、自分がはりねずみだと名乗らなければ、はりねずみではないのだ。僕たちは常にユーザのことをよく考えていなければならない。そういうものだ。

「はりはりはり」「はいはいはい」

 今日初めて訪れたはりねずみに、僕は開脚前転を教える。彼は飲み込みが早く、すぐに開脚前転を覚えてくれた。腹筋をちゃんと鍛えているみたいで、鬼門の「針アップ」が綺麗な形で出来ていた。やはり、きちんと名乗ってくれる社交的なはりねずみはこちらの言うことも素直に聴いてくれるので教えやすい。彼はハリイ・チャンバラスキーという名前だった。

 次に来たのは女性だった。女はりねずみもそこそこ来る。本来の目的からは逸れるが、開脚前転は健康にもいい。そしてシェイプアップ効果もある。 はりねずみにとって、可愛らしい後ろ足を保つことは、ある種の本能だ。そして開脚前転は内腿にある内転筋をとても刺激するので、健康はりねずみにはとても人気がある。昨年「世界一美しいはりねずみ」として、はりねずみとしては異例のフォーブズ表紙を飾ったハリーネ・ハリーナも「はりはりはりはーり(あなたの開脚前転はどこから? 私は内転筋から)」と述べている。 しかしこの女はりねずみは「針アップ」はおろか、基本動作の「ばた・針」も満足にできないようだった。結局、彼女はろくに前転できないまま一時間が経ち、体力的にギブアップしてしまった。しかし、彼女は開脚前転できなかったというのに満足気だった。そしてナップサックからカメラを取りだし、自分を写した。頑張ったことが大事らしい。それを友達と共有するのが彼女にとっての「開脚前転」なのだ。 彼女は「はりはりちゅう」と言って僕にお礼を言い、帰っていった。最近、若いはりねずみの中ではネズミのようにちゅうちゅう言うのが流行っているらしい。僕としては、はりねずみなんだから「はりはり」言っているのが一番良いし、はりねずみ的だと思うのだが、本人たちには分からないようだ。自分のアイデンハリィから離れることによって、自分をより認識できるのかもしれない。ちなみに彼女の名前はリ・ハァと言うらしい。

 そんなこんなで、今日も僕ははりねずみたちに開脚前転を教える。今日はこの後に、三匹ほど来て本日の業務は終了となった。 僕はタイムカードをつけて、帰宅する。一秒たりとも残業はしない。なぜなら、はりねずみは残業を嫌うからだ。一度僕が残業しているところをはりねずみに見られたことがある。彼らは鼻をひくひくさせ、僕を非常に見下した態度で、針を投げつけてきた。次の日、開脚前転本部からお達しがあり、「残業をするなんて、非はりねずみ的過ぎる」とかなり怒られた。以降、僕は残業をしなくなった。仕事が残っていても、終わっていなくても時計の針が六になったら帰る。全ての道は針に通ず。それがはりねずみなのだ。僕ははりねずみではないけれども。

 僕は帰って、すぐに横になる。はりねずみのように、ころんと。 なんで、僕が開脚前転インストラクターをしているかというと、ただの成り行きだ。その前はシステムエンジニアだったし、その前は警備員だった。僕はころころ転がるはりねずみのように、やりたいことをやっているだけだ。

 万物は流転する、と太古のはりねずみは言った。 その通りだと思う。太古のはりねずみは全てに通じ、達観していたようだ。 今日で開脚前転を初めて七日が経った。休息日だ。僕も少しはりねずみの叡知に近付けたかと思う。

 パリパリパリリリン。 ふと、自室の固定電話が鳴る。僕はシナモン入りホットミルクをかき混ぜながら受話器を取る。「はりはり?」「あっ、お世話になっています」 僕にかけてきたのは勤め先の総務はりねずみだった。「はりはりはり」「どうかいたしましたか?」「君、明日から来なくていいから」「はい?」「いやぁ、やっぱりはりねずみじゃないとだめだね」 僕は口をぱくぱくさせ、言葉が出なかった。「あの、それは事前にお伝えしたと思いますが?」「分かってるけど、そういうものなんだよ」「いや…」「君もじきにわかるよ」「いや…」「はり?」「いや、はりとかそういうのじゃなくて」「はりはりはり」「いやいやいや」「はりはりはり」 はりはりはりしか言えないのか、と僕は怒鳴り付けてやろうかと思ったが、僕は諦めて電話を無言で切った。それが大人と言うものだし、そういうものだ。

 僕はシナモン入りホットミルクを飲み干す。シナモンがざらざらする。それがよく感じられる。

 僕は床にころんと横になる。愛らしいはりねずみのように。そして、「ばた・針」の姿勢を取ったあと立ち上がり「ハリーウォーク」をする。そして「お目々と・針」で前方を見据え、方向を定める。そして、「ツール・ド・針」を決める。そこですかさず、「針アップ」。僕は開脚前転している。やろうと思えば「ハーリ・ボンバ」だってできるが、あえてやらない。辺りは静かだ。

 ここまで自然に開脚前転ができるはりねずみがいるだろうか。いやいないだろう。だって彼らは足が致命的に短い。「ハリーウォーク」をするためには前足のリーチが不可欠だ。はりねずみは先天的にそれが難しい。笑わせてくれる。

 万物は流転するが、お前たちは開脚前転はできなかったようだ。お前たちは考えるだけ考えて、実行に移せない生き物だ。そういうものだ。

 お前たちにあるのは針だけじゃないかはり。僕はお前はりたちとははり違う。はりフォーブズに載らなくてもはりはりはり友はりがいなくてもいいはり。僕ははりねずみはりじゃないから。僕ははり。僕ははりねずみじゃ。はりねずみじゃ。はりねずみなんじゃり。はりり。 はり? はりはりはり? ぼくはり? はりりりりりりりりり。 はりはりはり。

母親が死んで悲しい

 母親の葬儀の帰り、僕は旧友にあった。
 その夜は美しい夜だった。春でもないし冬でもない。留まってもいなければ漂ってもいない。何を選択する必要もない、ゆるやかな夜だった。
 僕は旧友の二人を見つけ挨拶をした。二人も僕を認め近寄ってきた。
「久しぶりだね」
 と僕は言う。
「本当にそうだ」
「何年振りだろう」
 と彼らは言う。僕らは旧交を温めつつ歩き、適当なハブに入った。地下へ続く階段を下っていき重い扉を開ける。煙と熱と酒気が僕を取り囲む。ハブでは人々が熱をもって話していた。ダーツが二台ほどあり、若い外国人が故郷のゲームに興じていた。サッカーブンデスリーガの中継もしていた。黄色と黒のユニフォームを着たチームが対戦している。
「お疲れ」
 と僕たちは乾杯する。僕はギネスを1パイント注文し、彼らはチリ産の白ワインを頼んでいた。僕はこの滑らかで漆黒の液体がとても好きだ。
 僕たちは話した。とりとめのないことを。そして僕たちの酒が半分にならないくらいのうちに、罪の話になった。僕の罪だ。僕が彼らに負った罪のことだった。
「お前わかってるのかよ」
 と二人の内の男の方が言う。「お前がすべて悪いんだよ。ほんとにすべて」と彼は言った。
「ああ」
 と僕は返事を打つ。
「ふざけるな」
 男は赤い顔で僕を糾弾する。お前の顔とその言い草に腹が立つ、と彼は言う。何もわかってはいないんだと。僕を糾弾する。
 僕は本当に申し訳ない気持ちだった。僕は、罪を忘れていた。僕が彼らに何らかの罪を負ったのは覚えている。しかし、どんな内容だったのかは覚えていない。僕の記憶はぱたんと閉じられていた。なにもなかった。
「私もあなたに言い寄られたんだよ」
 と二人の内の女の方が言った。僕はびっくりした。そんなわけないと思った。僕は彼女に対してそんな態度をとったつもりはなかったし、僕と彼女は仲が良いと思っていたからだ。
「お前は本当にひどいやつだな」
 と男は言う。彼はすっかり酒気にやられてしまって、ほとんどうとうとしている。
「お前のせいで全部だめになったんだ。お前のせいで」
 そう言って彼は机に突っ伏してしまった。わかる。彼の両親は離婚した。彼の兄弟は精神疾患を負い、将来を約束した女性に別れを告げられた。彼の私生活はぼろぼろだった。でも彼の生活と僕の罪は何の関係もない。その間に川は流れていない。彼は僕のせいにしたいだけだ。彼は僕に罪を見出すことで自分から逃避しているだけなんだ。彼は突っ伏して少し寝ている。本当に子供っぽかった。哀れなくらいに。彼のことを好きな人は今後わらわらと出てくるだろう。彼には友達がたくさんいる。でも誰一人として彼を理解できないだろう。誰も彼の心を好きになることはない。彼はそのことに気付いたか気付かないままのうちに、老いていくんだろう。
「私はあなたの人生がどうなろうとかまわない」
 女の方がぽつりと言った。そんな直接的なことを言う人ではなかったのに。
「ずいぶん言うね」
「そういうときもある」
 と女は言った。僕は空になったグラスにワインを注ごうとしたが断られた。ワインの静脈は途切れたが、彼らの糾弾は途切れることがなかった。男はたまに眠りから覚醒しては僕を誹り、貶め、自分の好きなことをする。すべてがゆるされた子供のように彼は振る舞う。女はそれをよくわからない笑顔に近い表情を浮かべ僕をなじる。二人の意気はぴったりだった。それだけ僕の罪が重かったのだろう。僕の罪が彼らの仲を深くしたのだろう。僕は彼らの言葉を追いやるためにサッカー中継をぼんやり眺めていた。ケルンとシュツットガルドの試合だった。2チームともいいサッカーをしていたが、残念なことにそれは録画だった。なぜなら今日ケルンはドルトムントと戦っているはずだからだ。僕は過去のサッカーを見て、過去の罪を投げつけられている。サッカーを見ていてもそんな風に思うんだから、この世に最初に生まれた罪などもっと退屈でビール片手にどうこうできるものでもないのだろう。
 終電の時刻になり、ようやく終わった。夜は相変わらず美しかった。風は吹かず、建物の間に溜まり、光を設けている。僕たちはハブから地上に上がり、さよならを言った。男は「お前といるとなんだかんだ楽しいよ」と顔をくしゃくしゃにして言った。
 そうか。
 僕は男と別れ、帰りの電車が同じ方向の女と一緒に帰った。僕があまりしゃべらないでいると「大丈夫?」と彼女が訊いてきた。
「何が?」
「さっきは少し言い過ぎたからね」
 僕は薄気味悪くなった。
「さっきはあれだけ彼と俺をけなしたのに、今は俺の心配をしてくれるのか」
「それはね」女の顔が電車の窓に映る。「さっきは彼に合わせてたの。それで、今はあなたといるからあなたに合わせてる」そう言った。
「それを本人の前で言うの?」
「そう」
 と彼女は少し笑う。
「お前はやっぱりちょっといかれてるよ」
「ありがとう」と彼女はまた笑う。
 僕は心底そう思った。彼女には自我がない。本当の自分がいない。何もない。相手に合わせるマニュアルが組み込まれたロボットのようだ。わからない。でも少なくとも彼よりも心に温かみがあるように思う。そうあって欲しくも思う。本当にかわいそうだ。かなしい。
 僕は電車を乗り換えて彼女に別れを告げる。そして甘く凍えるような余韻に浸る。僕はどこに生きているのだろう。罪の在る過去、サッカーを見る現在、ギネスを飲み干すであろう未来。あるいはそのどれでもない、おっさん同士の喧嘩で五月蠅い電車の中。彼らは互いに怒鳴り合っていた。腐った貝柱のような歯茎をめくりあげ、相手に唾を吐きかける。すごいな、そんなに主張することがこの世の中にどれだけあるというのだろう。そして僕は唐突に思い出した。母親が死んだのだった。気持ち悪くなってギネスを吐く。

Proof of Mine

 その日、私はハードフォークした。もう昔の私との互換性はない。


 私は元々、ブロックサイズが人より小さく、スケーラビリティに問題があった。生まれてからの数年は、社会との関りも少なく、トランザクションが混み合うこともなかった。
 しかし、社会人になって早々に私のブロックサイズは限界を超えた。
 社会は私に多くの情報を保存した。とても多い。いついつまでに書類を用意しろ。(あまり意味のないもの)よくわからない契約を取ってこい。(よくわからない)お前本当に使えないな。(でも使うしかない)そんな情報。
 ブロックサイズの大きい人はそんなガラクタのようなハッシュ値もきちんと計算して次に繋げることができるナンスに変換できたのかもしれない。でも私にはできなかった。私の才能(ブロックサイズ)は人より小さかった。途方もなく。結果、私のトランザクションはすぐに混み合ってしまい、あらゆる行動が遅延した。せっかく教えてもまともに動くかもわからない、手数料コストのかかる人間が次第に使われなくなるのにさほど時間はかからなった。みんな私のトークンを手放し、私の市場価値はどんどん下がっていった。一人また一人と誰かが私を手放すたびに、私は繋がりとvalueを失った。最後まで私のホルダーであり続けたのは、年老いた頑固な両親とペットのフェレットだけだった。後者は去年の暮れに死んでしまったが。もしかしたら昔付き合っていた彼女がまだホルダーなのかもしれないが、単に興味がないだけだろう。
 だから私はハードフォークした。過去の自分と決別するために。ソフトフォークなんて器用なことできないから。
 ハードフォークして初めて外出する。両親を驚かせるためだ。
 HFした私は何もかもが解放されたような気分だった。あらゆる物事がスムーズに理解でき、トランザクションも混み合わない。伝達も即座に行える。世界が変わって見えた。
 
 晴れやかな心地で歩いていると目の前を歩く人影を認めた。それはかつての友人だった。
 前なら素通りしたかもしれないが、今の私に恐れるものはない。
「久しぶり」
 そう、にこやかに話しかける私を友人はけげんそうな顔で見つめる。
「どちらさまですか?」
 私はまず驚き、そして納得した。そう、HFしたのだった。過去の自分と互換性が無いのだから、知人に認識できなくて当然かもしれない。
「ああ、昨日HFしたんだよ。イァムだ」
「イァム? ずいぶん感じが変わったね。そりゃまぁHFしたから当然か。ブロックサイズは上がったの?」
 微かに嘲笑の雰囲気を漂わす彼に、私は自信たっぷりに告げる。
「うそだろ! 前の倍以上じゃん!」
 友人の驚く表情が心地よい。
「またホールドしたいな。どこに上場しているんだ?」
「ごめんな、まだ上場はしてないんだ。決まったら真っ先に連絡するよ」
「ありがとうな。こんなことならHF前のトークン持っとけばよかったよ」
 フォークコインもらえただろうからなぁ、と少し悔し気に彼去っていった。
 そう、これはホルダーへの恩返しでもある。私を見放さずにいていくれた人たちへの恩返しだ。両親とフェレットへの。


 やっと私を祝福し始めた世界を歩く。
 もう誰にも邪魔されることはない。私が私らしく生きることを、誰にも阻まれない。何にも止められない。私は私の価値をどこに送っても、誰に伝えてもよいのだ。私にはそれをするブロックサイズも、私を認めてくれる承認者(マイナー)もいるのだから。


 家からさほど離れていない公園で昔の彼女に会った。びっくりした。
「四国にいたんじゃなかったの?」
「あなたがHFするって聞いたから」
 彼女は言った。僕は嬉しくなった。
「 ありがとう。もしかして、まだ僕のコイン持ってたの?」
「ええ」
「そっか」
 彼女は僕にまだ関心があったんだ。彼女は僕の承認者だった。
「ありがとう。それじゃフォークしたコインは持ってる?」
「一目見てあなたがイァムじゃないって分かったわ」
  ぽつりと僕のマイナーは言う。
「そうかもね。ブロックサイズとか大きく変わったし」
「ううん、そうじゃなくて」
 彼女は冷ややかな眼差しで僕を見る。
「やっぱりHFしちゃったのね」
「そうだよ、そうして僕は色んな人に承認してもらえるようになったんだ」
「私もハードフォークするつもりなの」
彼女は静かに言った。
「君が? する必要あるのかい?」
 彼女はたくさんのマイナーを獲得していた。ブロックサイズは大きくて、皆の人気者だった。
「うん」
「そうか。じゃあ次会うとき、デートしようよ。もっと僕のことを承認してほしいんだ」
 彼女は少し迷った様子で目線を揺らし、少し微笑む。
「次会うとき、あなたが私を私だと承認できたらね」


 久しぶりに実家に戻り両親を呼んだ。
「父さん!母さん!」
 びっくりしたように両親が飛び出してきた。もう五年もあってないから、驚いたのだろう。そして僕を見て怪訝そうな顔をした。
「どちらさまですか?」


 僕はバスに乗っている。乗客は僕を知らない。僕も乗客を知らない。そこに前後はない。文脈もない。家に帰るため、僕は存在する。誰かに承認してもらう必要はない。
 
 家に帰ると死んだはずのフェレットが僕を出迎えた。おかしな話だ。もうこいつは死んだんだ。他の誰でもない、僕はこいつが死んだのを認めている。おかしな話だ。
「どちらさまですか?」
 僕がフェレットに話しかけると、フェレットはなにも言わずただ静かな目で僕を眺めていた。なんだかそれに腹が立ち、家から追い出そうと蹴飛ばす。フェレットはそれをするりと避けて、僕の傍を通りすぎ、もう一度こちらを見る。目線が揺れて、きゅうと鳴いた。そしてフェレットは振り返らない。

異世界住人短編集

狩りが終わり、獲物を持ってギルドで精算しに行く。
この時期のヤマミヤガシの肉は少し高く売れる。冬に向けて餌を溜め込み始めるからだ。

アーシュの街にギルドはある。大体街の中心辺り。回りには冒険者用のお店が立ち並んでる。武器屋、防具屋、薬屋、酒場。おおよそ冒険者に必要なものは、必要そうな店は何でもある。この街はお店出すのにあまりお金がかからない。その代わり繁盛し始めたら税を納めてね、というスタンスだ。初期投資を気にしなくていいというのは魅力的で日夜お店が栄枯盛衰を迎えている。

冒険者ギルドは公的な機関だ。建物は立派で、職員も身なりがきっちりしている。そのため素性に難がある人間は近付きづらい。後ろぐらい過去をもつ人間は掃除人(スイーパー)ギルドなるものに集まるらしい僕はまっとうな冒険者だからよく分からないけど。

ギルドのしっかりした扉を開ける。
「ヤマミヤガシ肉の輸送受け持っちゃくれないか?」
「ヒーラー誰かいませんか!急募です!」
「レンバルシア山脈の霊水採取、誰か一緒に行ってけくれねえかな?」
「魔力増幅装置の設置、今なら未経験でも歓迎です!」
「ドラゴン退治!ドラゴン退治だ!冒険者の華だよ!」
「ラルメア祭の警備任務があります。30人募集です」
リザードマンの村で魚の養殖手伝えるやつおらんかー」

賑やかな喧騒が僕の側を駆け抜けて行く。様々な人種、種族がごったにギルド内を走り回ったり、大声を上げている。まさに可能性と多様性のるつぼ、サラダボウルとはこのことだ。
扉がばたんと音をたてる。一瞬僕に人目が集まるがそれも一瞬。喧騒は元に戻って行く。思わず苦笑いをしてしまう。僕は自分の首からぶら下がる等級プレートを見やる。色は大白(ビッグホワイト)。下から数えた方が早い。これがディープブルーは無理にしろ、ライトレッドくらいになると喧騒が止まり、人々の囁き声が始まるのだ。本当の冒険者(トゥルー)のおでましだ、と。

「そんな風に言われてみたいもんだ」
「クローシュさんは頑張ってますよ?」
僕はヤマミヤガシの肉をどんと精算カウンターにおき、ひとりごちる。人並みに名声に対する欲もあるが、この職業は欲深いやつから死んでいく。無理はできない。
「大黄(ビッグホワイト)までが偽物の冒険者(フォルス)だなんて酷いと思わないか?」
「そのフォルスというかビッグホワイトになれる人が3割もいないんですけどねー」

フォルスっていう言い方が浸透しすぎてるんですよねー、と受付嬢は言う。僕は大体この人に受付してもらっている。真面目でこういう他愛もない話にも付き合ってくれる。あと少し好みだ。アッシュブロンドの髪と垂れ目。いつも笑っていて、へらへらしていると陰口叩かれているらしいけどそれはナンセンスだ。彼女の首下から耳には、跨ぐようにタトゥーがある。炎の形を取っている。普段は髪で隠れて見えないが、髪をかけあげた時などに見えることがある。彼女もそれを隠そうとしていない。聞こうと思っているが、まだ聞けていない。そんかおっとりした性格とのギャップがいいのだ。名前知らないけど。

「そんなもんかな」
「そうですよー。ビッグホワイトさんたちの総数が街の質を左右している、っていうデータもあるんですよ? 資料持ってきましょうか?」

遠慮しておくよ、と僕は断るが内心彼女の優しさに染み入っている。こうして慰めの言葉もかけてくれる。荒んだ冒険者稼業のささやかな癒しだ。

僕の冒険者としての等級は下から数えた方が早い。一番下はリトルブラック。一番上は事実上ディープブルー。一応そのさらに上にディープパープルがある。でもそれは伝説上のもので、存在はしない。形式的にあるだけで、これくらいまで頑張っていう象徴だ。一般的にビッグイエロウまでのフォルス組はビッグとリトル、それ以上レッドから上のトゥルー組はディープとライトで呼称されている。
そして僕はフォルス脱出の二歩手前のビッグホワイトだ。下から数えた方が早い。といっても侮られたりはしない。受付嬢が言っていた通り、冒険者はすぐ死ぬ。ビッグホワイトになるのだって一苦労だからだ。ビッグホワイトにもなれば、小さな街なら食うに困らず、村なら英雄だ。もちろん油断はできないが。ここまで来るのにだいぶ時間がかかってしまったが、それなりに満足している。向上心はあるが、もうこれくらいでいいかな、とは思ってしまっている。

「それじゃ査定結果です、クローシュさん」
にこり、と受付嬢は微笑む。僕は心に一陣の爽やかな風を感じながら報酬と査定を受けとる。ヤマミヤガシ狩猟クエストはそこそこ割りのいい仕事だ。期間限定というのもある。下位の冒険者はこういう仕事には目もくれず、オークやらオーガやらガブラン討伐クエストに猛進して消えて行く。まあ僕も重要性に気付いたのは手痛い失敗をした後だが。

報酬は銅貨にして5枚。これだと商売あがったりだ。冒険者の1日の経費は銅貨7枚と言われている。食事、武器防具の手入れ、宿代などを会わせてこれだ。だからこのクエストは赤字確定なのだ。こんなものは下位冒険者は絶対に受けない。彼らは1日の損失をマイナスにしていくことが怖いのだ。それは当たり前の感覚なのだが。しかしこのクエストの妙味は査定にある。

ヤマミヤガシの肉は旬以外でもそこそこだが、しを迎えると途端に美味しくなる。価値が上がるのだ。旬のヤマミヤガシは気性が荒い上に、見付けづらい。しかし、その肉は査定すると少なくとも銀貨2枚にはなる。そして僕の今回の査定額は…。

「銀貨5枚ですねー。お疲れ様です」
「ありがとう」

じゃらり、と手渡される銀貨をうらめしげにフォルスの連中が見る。中でもブラックの奴等なんかは目が点になっている。そりゃそうだ。銀貨5枚なんて、討伐クエストをこなさないと稼げない。でも世の中にはこういうことがある。

知っていることと知らないこと。その差は大きく、残酷だ。新人(ニュービー)たちには頑張ってほしい。

「いつも手早く査定してくれてありがとうね」
「いえいえ。クローシュさんは需要をよく分かってらっしゃいますし、ギルドとこの街にとって有益ですー。このくらい問題ありません」
「嬉しいなあ。受付嬢さんも、僕たちにとってとても有益な人物だよ」と僕は本心から言う。

「あっ、レンシャルです」
「あっ、となんだって?」
「名前です。私の」

レンシャルと名乗った彼女は一番可愛く見えた。かけあげた髪から炎のタトゥーがくっきりと見える。

「そうか。教えてくれてありがとう」
「いえいえ、今度ご用のときはレンシャルに用だって言って下さいー」

僕は心の中で、何度も喜びを噛み締めた。
受付嬢はあまり名前を教えてくれないのだ。粗雑な冒険者が不当に評価されたなど難癖をつけて受付嬢を襲ったことが過去に何度かあったのだ。今でもたまにある。なので防犯対策のために受付嬢の名前はある程度認められないと教えられないことになっている。それはギルドにも認められた証でもある。それも嬉しいけど、何より彼女の名前を知れたことが一番の喜びだ。

「それでは今度のクエストなんですけどー」
彼女は僕の心の隙を見通したかのように次のクエストを持ちかけてくる。
こういう抜け目なさも彼女は持ち合わせている。受付嬢は冒険者にどれだけ仕事させたかで評価される。だからおだてるのがうまい。レンシャルももちろん同じだ。だからといって僕は失望したり幻滅したりはしない。

「任せてくれよ、レンシャル」
「頼もしいですねー、ではオーガの討伐でも…」
「それはちょっと…」
命が二つ無いと無理だな、と笑う。僕はオーガと戦うシミュレーションを何回かしているが、一人なら必ず負ける。二回殺される。今の僕ではどうしても乗り越えられない場面があるのだ。逆にそれを乗り越えれば可能性はあり、念願のイエロウに行けるかもしれないが、まだ目処はたっていない。

「冗談ですよ。クローシュさんにはまだまだ活躍してもらわないと」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「ではまた」
「また数日後に来るよ」
よろしく、レンシャル。僕がそういうと「はいー」にへっと彼女は微笑む。あの酔ったような笑いかたが彼女の素顔なのだろう。

なんとなく後ろ髪を引かれる思いで、ギルドを後にする。今日は豪華に飲もうかな。引きこもってばかりのヤルネイのやつでも誘おう。

ブロックチェーンエンジニアになるには

どうすればいいのか分からず一年が経った。

しかし木下ことジョナサン・アンダーウッド率いるFLOCという組織が、ブロックチェーンエンジニア養成プログラムを始めたとのこと。

それを今日受けに行く。無料講座ね。わくわくしています。

結構この講座も当初からリスケにリスケを重ねてやっといけることになったので、嬉しい。

実際に目指すかどうかは別にして、単純に興味がある。受けてきたらざっくりレポート感想書きますので。